みなさん、こんにちは。
マネージャーの今岡拓人です。
7/28(日)、安部寮にて「東北復興支援野球交流報告会」を行いました。
震災から2年経ち、テレビ、新聞でも被災地に関する報道が減少している中、現地で見たこと・感じたこと・経験したこと・高校生とのエピソードなどを参加できなかった部員全員に報告することは大変重要なことだと思います。
今回の報告会の内容をいくつか紹介させていただきます。
●練習を満足に行えない環境でも常に元気よくプレーしていた。向上心に驚かされた。
●仮設住宅に暮らす高校生と話をした。「野球をしてるときに、生きてる気がする」という言葉は決して大げさではなく、衝撃を受けた。私たちが何も不自由なく暮らせていることに感謝しなくてはならないと感じた。
●野球場、校庭に仮設住宅が建っていた。外で思い切り遊べないため、子どもの発育に影響がでているそうだ。震災の影響は目に見えるものだけではないと実感した。
これらは報告の一部です。
全員が口を揃えて「復興はまだ進んでいない」と言っていることが印象的でした。
私はまだ震災後の東北に訪れたことはありません。そのため、まだ瓦礫が撤去されただけで建物は必要最低限しかなかったり、校庭や野球場には仮設住宅がずらりと建っている状況を聞き、想像していた状況とまるで違うということに驚きました。そして、今の私がどれだけ恵まれているかを再認識し、この環境で暮らすことができていることに感謝しなくてはならないと思いました。
この現状を知っている人は日本に何人いるのでしょうか?
知らないことは恐ろしいことだと思います。
前回の野球交流で会った現地の方が、最大の復興支援は
「忘れないこと」
とおっしゃってたそうです。また、東條もこのブログで
「微力だが、無力ではない」
と書いています。
今回の報告会で、私自身、想像ではなく生の現地の状況を知りたいと強く思いました。
これからも早稲田大学野球部は東北復興支援野球交流を続けていきます。

(岩手県立大船渡高校にお世話になった福井隆介、土屋遼太、足立翔吾)

(岩手県立高田高校にお世話になった渡辺克真、江塚諭、鈴木健介)
(今岡拓人/マネージャー/早大学院)
皆さん、こんにちは。
4年の中山遼人(4年、早大本庄)と森厚太(4年、早稲田実業)です。
私たちは7月5日~7日の3日間、野球交流を通しての復興支援活動として宮城県気仙沼市にある本吉響高校に行ってきました。
今回野球交流と並行して、本吉響高校野球部の監督をされている小野寺三男監督に現地の被災状況を見学する機会をいただきました。
実際の目で見た光景は、私たちがニュース等で知っているものとは異なっていました。
震災から2年以上経過していますが、生活に必要なもの以外はまだ十分に復旧していないという印象を受けました。
本吉響高校の野球部は3学年合わせての部員数が15名でした。
学校の決まりで練習時間等の制限がある中、上達するためにひたむきに野球に対して向き合う姿勢に我々おじさんたちは心を打たれました。笑
3日間という短い期間でしたが、高校生1人1人の個性を見つけることができ本吉響高校野球部というチームを好きになり、心から応援したくなりました。
夏の大会は、直接応援に行くことはできませんでしたがチーム一丸となって戦っている姿を目に浮かべながら東伏見から気を送っていました。
惜しくも2回戦で敗退してしまいましたが、5年ぶりに勝ち取った夏の1勝はとても価値のあるものだと思います。
引退を迎えた3年生を含め、これからも本吉響高校野球部の活躍を祈っています。
最後になりましたが、今回の活動を支援してくださったボランティアセンターの皆様、小野寺監督をはじめ本吉響高校野球部の関係者の皆様、ありがとうございました。
この場をお借りしてお礼申し上げます。
だいき、たくみ、ひっこ、りょう、りょうた、こうへい、ひかる、ゆう、こうしろう、しゅん、しゅんすけ、なつき、たくみ(石井)、ゆうと、たくま。
3日間本当にありがとう!

こんにちは。松永圭介〔商学部3年 福大大濠〕です。
私は東北復興支援野球交流で6月28日から30日の3日間、安達公亮〔スポーツ科学3年 早大本庄〕と岩手県立大船渡東高校へ行ってきました。
まず被災地の状況を把握して、私たちがテレビや新聞などから得ている情報は画面や紙面を通しているうちに知らず知らずにどこか他人事の気持ちがあったのだと気付き恥ずかしくなりました。もちろん被災地に行くまでは状況はわかっているつもりでした。しかし目で見て肌で感じるということはまさにこういうことだと思いました。今も仮設住宅で生活を送っているけいすけ君という部員が当時の状況や避難所での生活について話をしてくれたことにも感謝しています。ありがとう!
さて野球の話に戻しましょう。
野球交流といっても私たちはプロ野球選手でもありませんしプロの指導者でもありません。ただし必ずしも良い見本ばかりが良い手本になるとは限りません。良いもの悪いもののそれぞれが手本でありどちらからも学ぶことはあるだろう、そういう気持ちで高校生に良い刺激になればと交流をして来ました。
初めのうちはどちらも緊張があったのかコミュニケーションがぎこちなく感じましたが、共に野球をすることであっという間に打ち解けることができました。同じ野球部員のように全員で野球を楽しめている、そういう印象を感じました。私たち2人のアドバイスも素直にそして貪欲に聞きいれる姿勢がとても良い刺激となりました。好きこそ物の上手なれという言葉がありますがその意味と自分が野球好きなことを改めて認識させられました。
野球という言語を通じて初対面の私たちがたったの3日間でこれまで親しくなることができたことは幸せなことでありとても素敵なことだと思います。
今回復興支援に行くことで大変貴重な経験ができましたし大船渡東高校野球部のみなさんとも良い思い出ができました。これから過ごしていく上で今回の経験を活かしていこうと思います。
最後ではありますが二日間お邪魔させていただきました今野さんご家族大変お世話になりました。ありがとうございました。

みなさん、こんにちは!
四年の福井隆介(投手、早大本庄)です。
私は先日、足立翔吾(四年内野手、明善)、土屋遼太(三年捕手、早稲田実業)と共に岩手県立大船渡高校に行って参りました。そこで感じたことなどを書き綴ってみようかと思います。
今回私たちは高校を訪れる前に、東北の現状を知るため沿岸部を中心に見学させていただきました。小学校の校庭に仮設住宅が建てられていて、外で思い切り遊べない子供たちの発育に影響が出ているという話を聞いたときは、こんなところにも災害の爪痕が残っているのかと衝撃を受けました。まだ復興は終わっていない、そんな印象が強く残っています。
さて、話を野球交流に移そうと思います。ここではたくさんの素晴らしい出会いに恵まれました。実は交流前、ものすごく緊張していた私たち三人。「やべぇ」しか言葉が出てこない足立、平静を装う土屋、頭真っしろ福井。それでも結局、高校生と打ち解けて多くのコミュニケーションをとることができたのは、野球の力と何より向上心に溢れた若き高校生たちのおかげだったように思います。また大船渡高校と金足農業高校の保護者交流会にも招待していただき、球児たちに負けない東北の大人のパワーを体感させていただきました。「さくら音頭」また踊りたいです。笑
ホームステイ先でのお話。今回私たちの宿泊先はなんと今野一夫先輩(早大野球部OB)の御宅でした。大先輩の家に泊まる→この三日間、心安らぐ瞬間は訪れないと覚悟していた三人でしたが、それも杞憂に終わりました。美味しいご飯、早大野球部あるある、深夜いきなり庭から家に上がりこんでくるご近所のおじ様方・・・笑 地域に根付く暖かい“絆”、そして新たに紡ぐことができた“絆”にただただ感謝する三日間でした。
とにかく濃厚な三日間でついつい長文になってしまいました。失礼致しました。
吉田監督、大和田部長、今野先輩をはじめ、今回の交流でお世話になった全ての方々に、この場をお借りして心から御礼申し上げます。
それでは、まだ数校分のリポートが残っておりますので、そちらも是非お楽しみに!
追伸
大船渡高校のみなさん、県大会初戦突破おめでとうございます!引き続き朗報をお待ちしています!
皆さん、こんにちは。
4年の渡辺克真(4年、鶴丸)です。
私は、江塚諭(4年、掛川西)と鈴木健介(3年、早稲田実業)と3人で、6月21日~23日の3日間、岩手県の高田高等学校へ野球を通した復興支援へ行ってまいりました。
3日間という短い間でしたが、高田高校の選手達との関わりの中で、多くのことを伝え、そして文面には書き表せないほど多くのことを学ぶことができました。
『有縁』
私の大事にしている言葉の一つに上記の言葉があります。
私たちが早稲田大学に入学したのも何かの縁、野球部に入部したのも何かの縁、そして高田高校に行くことができたのも何かの縁だと思っています。
いろんな偶然や縁があって、繋がることができた人たちとの出会いは、無縁ではなく、『有縁』だったのです。
復興支援という機会を頂いて、高田高校野球部の皆さんと繋がることができた出会い『有縁』は今回だけで終わりというのではなく、今後も意地でも繋がっていきたいと思っていますし、一生の宝だと思っています。野球を通した繋がりは、どこに行っても、どんな環境に身をおいても、自分自身の大きな財産です。私たち自身この繋がりをこれからも大切にしていきたいと思います。もちろん、野球部としての復興支援は、これからも後輩たちに受け継いでいってほしいと思います。
最後になりますが、今回、復興支援の機会をくださった、早稲田ボランティアセンターの方々、受け入れてくださった高田高校野球部の関係者の方々、ありがとうございました。この場を借りてお礼申し上げます。
こんばんは。4年新人監督の冨永です。
今回、私は西竹惇(4年早大学院、内野手)と共に、福島県立勿来工業高校に2泊3日の復興支援に行ってきました。
現地に着き、福島の被災地に連れていってもらいました。私は1年半前に岩手の陸前高田や宮古に復興支援で行かせていただいたのですが、その時に見た光景と何も変わらず、雑草だけが成長したその姿に、改めて東北にもたらした震災の恐ろしさを体感しました。
夕方頃からは、高校のグランドにお邪魔して野球部の生徒たちと初めて顔を合わせました。外野には仮設校舎が建っており、満足に野球に取り組めない環境の中、必死にボールを追いかける高校生たちの姿を見て、自分たちが失っていた「初心」を思い返すことができました。
夜は、指導者の方々にお食事に連れていってもらい、熱い想いを聞かせてもらいました。また、勿来工業の監督の大町先生の自宅に宿泊させていただきました。大町先生の野球に対する情熱と、プライド、そして生徒を想う気持ちを聞いて、私もコーチとしてチームにもっと愛情を注がなければならないと思いました。
2日目も様々な技術指導をさせていただきました。私たちが話す言葉一つ一つを素直に聞き入れる高校生の姿が印象的でした。それだけ、勝ちたいという想いが強いのだと思います。その想いが強いというのも、今の高校3年生は、震災の年に高校に入学した生徒たちで、入学式もできず、入部も5月頃だったという辛い想いを経験したからだと思います。夜は、高校生と合宿所に泊まり、有意義な時間を過ごすことができました。
最終日は茨城県の高萩高校で練習試合を行いました。夏の甲子園予選前ということもあって仕上がっており、2連勝することができました。元気ハツラツとプレーする高校生の姿を見て、最後の大会にかける想いが伝わってきました。私たちも残り約3か月の現役生活ですが、東北の地で学んだことを胸に、リーグ戦優勝に向かって日々精進したいと思います。
最後に、この活動を支えてくださった大学関係者の皆様、また福島でお世話になった皆様方に、この場をお借りして感謝を申し上げます。この活動は、野球部に限らず、早稲田の後輩たちが継続していってほしいです。
東北の地がこの夏、最高の夏になりますように。ありがとうございました。
皆さんこんにちは。
4年の中野弘也です。
私は横山貴明と2人で福島県の小高工業高校に行ってきました。
現地の高校生は本当に元気ハツラツとプレーをしており、見習わなければならないと感じました。自分たちのグラウンドが使えず、思う存分練習ができない状況でも甲子園を目指して必死に練習している姿を見て、私たちの指導にも熱が入りました。大学で取り入れている基礎の練習や技術のことトレーニングメニューや考え方など幅広く指導しましたが、高校生の飲み込みの速さに驚きました。高校生の向上心は私たちにとって大きな刺激となりました。
私たちが泊まった場所は南相馬市でした。横山の実家がある浪江町もすぐ近くにあります。泊まったところは復興が進んでいるように感じましたが、やはり原子力発電所から20キロ圏内に入ると瓦礫が残っていたり、建物・道路が壊れていたりとまだ復興が進んでいませんでした。また小高工業高校の校舎も20キロ圏内にあり、野球部のグラウンドは草が生い茂っており、セカンドベース付近には当時避難のために使っていた車がそのまま放置されていました。このグラウンドが使えるようになるためには草を抜き、除染をしなければならないと聞き、多くのことを考えさせられました。
3日間という短い時間ではありましたが、非常に内容の濃い時間であり、様々なことを学ぶことができました。常に高校生たちと一緒に過ごし仲良くなっていたので、帰るときはどこかさみしい気持ちになりました。また行きたいと思います!これからもこのような活動を続けていきたいです。
(中野弘也/4年外野手/早稲田実業)
こんにちは。
4年投手の大野瑠哉と3年捕手の勝又健太です。
「野球を通じて東北に元気を」
私たちはこれを掲げて、6月21日~23日に福島県いわき市の湯本高校に行ってきました。
①印象に残ったこと
東北の子供達は震災の影響を感じさせないくらい元気で、野球を心から楽しんでいたのが印象的でした。
②現地の様子
2年以上経った今も学校の校庭に仮設住宅が立ち並び、多くの人が家のない生活をしていました。まだまだ復興は充分とは言えない現実がそこにはありました。
③衝撃的だったこと
現地の方にお話を伺った時、「震災の時に一番危険なのは人間だ」という話を聞いた時でした。治安は乱れ、窃盗、不法侵入は当たり前だったと聞きました。さらに震災をビジネスにして大儲けする人も出てきて、やりきれない思いを聞きました。
④学んだこと
今与えられている生活は、決して当たり前ではないこと。全ての環境に感謝をして暮らさなければいけないんだ、と強く感じました。
⑤復興とは?
現地の方が1番恐れていることは、「忘れ去られること」と伺いました。その意味において、このブログで1人でも多くの人が東北について考えてもらえればと思いました。
実際に現地に足を運んでみることで、本当にたくさんのことを学ぶことができました。
今回の復興支援の活動を通して、高校生の心の底から野球を楽しむ姿、ひたむきさを見ることができ、自分たちも高校生たちのように、純粋に野球を楽しみ、元気よくハツラツとプレーすることの大切さを改めて実感しました。
また、2日目の夜には高校生のお宅にホームステイをさせていただき、高校生だけでなくご両親とも様々なお話をさせていただき、本当に多くのことを学びました。
今回、このような復興支援という機会を与えていただいたことに感謝しています。
この活動を通じて学んだ多くのことを、これからの生活に生かし、日々野球や勉強に精進いていきたいと思います。
最後になりましたが、
この活動を支えてくださった全ての関係者の皆様、本当にありがとうございました!!
(大野瑠哉/4年投手/早大学院)
(勝又健太/3年捕手/沼津東)
こんにちは、主将の東條です。
6月の22日、23日に学生コーチの中野裕介・投手の小山田拓夢と、福島県の平工業高校に復興支援を目的として行ってきました。
結論から言うと、元気づけに行った私たちが元気づけられて帰ってきました。
平工のグランドに着いた瞬間の挨拶から始まり、一球に食らいつく姿勢、ドロドロになり無我夢中で野球を楽しむ姿…勉強させられることの連続でした。
22日の夜は荒部長先生の自宅にホームステイさせていただきました。
温かい心遣いとご馳走をありがとうございました。
しょう・けんもありがとう!
この場を借りてお礼申し上げます。
春のリーグ戦を終えて、私達は「初心」について話し合いました。
なぜ野球をやっているのか、どうして早稲田で野球をやっているのか。
今回、ひたむきに野球に取り組む高校生を見て、「初心」を思い返すことが出来たように思います。
今後もこういった活動を野球部としてはもちろん、個人的にも続けていかなければならないと感じました。
微力だが、無力ではない
東條 航