はじまして。
文学部1年岩田匡矢です。
千葉県立千葉東高校出身、ポジションはピッチャーです。
中学時代に当時の投手兼トレーニングコーチであった、小林先生という方が大学で野球をすることを勧めてくださり、それが慶應義塾大学野球部を目指すきっかけとなりました。
高校は野球の強豪校への進学も考えましたが、甲子園よりも神宮へのマウンドに憧れ、
進学校である千葉東高校へ入りました。千葉東野球部はグラウンドも小さく、練習時間も平日は2時間半ほど、そして練習メニューも自分たちで決めるといった状況でした。
この限られた環境で投手として上達するためには自主練習が大切だと思い、昼休みと
練習後にはウエイトトレーニング、予備校から帰って夜11時からでも毎日ランニングを行いました。
また、トレーニングメニュー作成とピッチンクフォームを見てもらうため、定期的に小林先生に会いに中学に顔を出したりしていました。
そのおかげで球速も上がり、最後の大会では4回戦で、その大会でベスト4に入った松戸国際高校にサヨナラ負けしてしまいましたが、野球の面では充実した高校生活を送れま
した。
そして引退後、猛勉強の末なんとか慶應義塾大学に合格することができました。
今までを振り返ると、人との出会いによって僕は大きく変わったことが多々あります。
慶應義塾を勧めてくれた小林先生、
千葉東高校の先輩でありいつもお世話になっている牧野さん(4年・内野手)、
他にも様々な人たちに支えてもらっています。
その人たちへの感謝の気持ちを忘れず、また、神宮のマウンドに立ち活躍することで
恩返しができるよう日々精進していきたいと思います。
応援宜しくお願いします。

(1年・投手・岩田匡矢/千葉東高校出身)
初めまして。
環境情報学部1年、神奈川県桐光学園高校出身の山口翔大(かい)といいます。
ポジションは外野手です。
いきなりですが、僕には憧れであり目標としている選手が2人います。
1人は中学生の頃から尊敬していて、いつかは超えたいと思っている選手で、
もう1人は高校の頃から有名で、同じ左打者として自分もこうなりたいと思わせてくれる選手です。
そんな2人と同じ舞台で、それも同じチームで野球ができることを嬉しく思います。
この2人は間違いなく慶應義塾大学の顔となる選手ですが、
目標を超え、この2人が揃っている中で「慶應といえば山口」と言われるようになります。
応援よろしくお願いします。

(1年・外野手・山口翔大/桐光学園高校出身)
こんにちは。
商学部1年の舟波凌です。
私は慶應義塾高校の出身でありますが、地元は長野県諏訪市という場所です。
高校生になると同時に一人暮らしを始めました。そんな田舎者であった私ですが、こちらに来ても変わらず、他の選手に絶対に負けないという武器があります。やはり、野球というスポーツは自分自身のプレースタイルを十分に理解し、他の選手にはないものを持つことが重要であります。
私の場合は、インパクトであります。
どこにいても一瞬でわかってしまう、一度見たら忘れられない、いや、忘れさせない。
そんな顔のインパクト、いや、ここではあえて大きさと呼びましょう。そんな私が、神宮のグランドに立ったあかつきには、みなさんの記憶に残るプレーヤーになること間違いありません。いずれ神宮の顔(様々な意味で…)と呼ばれる日も、そう遠い未来でないと確信しております。
これからも自分の武器を最大限まで磨き、膨張、いや拡張、いや覚醒させます。
これからも応援よろしくお願いいたします。

(1年・外野手・舟波凌/慶應義塾高校出身)
こんにちは。 慶應義塾高校出身、法学部政治学科1年田澤佳己です。
僕は中学生の頃、甲子園での慶應義塾高校の活躍や華やかな早慶戦に憧れ、 この舞台に立ちたいと強く思いなんとか入学することができました。
高校野球では甲子園出場の目標は叶わず、僕自身公式戦で目立った活躍もできずに現役を引退してしまいました。
ふと高校生活を振り返ると、本当に一生懸命野球をやってきたのかと疑問に思うことが多く、まだやり残したことがある、これで辞めたら後悔するのではないかという思いが今の原動力になっています。
一から自分を見つめ直し、努力の積み重ねを大切にして、野球を全力で楽しめるように頑張っていきたいと思います。
そして必ず神宮の舞台で活躍します。
みなさん応援よろしくお願いします。

(1年・外野手・田澤佳己/慶應義塾高校出身)
はじめまして。
経済学部1年吉川智一です。愛知県時習館高校出身でポジションは外野です。
1年間の浪人生活の末、無事慶應義塾大学に入学することができました。
浪人生活は、好きでもない勉強から逃げ出さず、1年間やり遂げたという点で非常に
貴重な経験だったと思っています。浪人をさせてくれた親には非常に感謝しています。
今回は僕の今後の目標の一つについて書かせてもらおうと思います。
それは、同じ時習館高校出身で東京大学1年の福田と神宮の舞台で対戦することです。
彼とは同じ予備校で浪人生活も共にしました。
大学野球を始めておよそ半年が過ぎました。
憧れていた環境で野球ができる喜びを日々感じています。今まで自分がやってきた環境と比べ、野球の実力を上げる環境は整っています。あとは自分の努力次第です。
「謙虚さ」と「感謝」の気持ちを忘れずに、神宮でチームを勝利に導けるような選手に
なれるよう精一杯頑張ります。
よろしくお願いします。

(1年・外野手・吉川智一/時習館高校出身)
はじめまして。
慶應義塾高等学校出身、商学部1年の森山渓太です。
ポジションは外野手です。
僕は慶應義塾中等部出身のいわゆる内々部で、中学生の時から『慶應』でプレーして
います。
今、大学で野球をやっているのも、中等部の学校行事で慶早戦を見たときに
「この大観衆の中で試合に出たい!」と思ったのがきっかけです。
中等部の縁というのはなかなか深いもので、
中学2、3年のクラスメート(中等部は2、3年のクラス替えがありません)の中に、
大学のチアに所属している人が1人、應援指導部で声を張り上げている人が1人います。
そのクラスメートは高校時代から現在と同じように野球部を応援してくれているの
ですが、残念ながら高校時代の僕の力では届かず、一緒になって応援をしていました。
それでも、そのクラスメートの存在は僕のとても大きな励みになっていました。
大学では神宮でグレーのユニフォームを着て、今度こそ、応援を一緒にするのではなく、
応援をされる立場になり、今までとは違う姿を彼らに見せたいです。
そして試合後に、これまた中等部出身の慶應スポーツ新聞会の友人からのインタビューを受けられたら最高です。
必ず神宮に出て、これらの目標を達成します。
応援宜しくお願いします!

(1年・外野手・森山渓太/慶應義塾高校出身)
はじめまして。
経済学部1年の谷口智哉です。
慶應義塾高校出身でポジションは外野手です。
僕は生まれてからずっと日吉に住んでいます。
そのため、実家から自転車で下田のグランドや日吉キャンパスに通うことができるので
とても便利です。
友達からもかなり羨ましがられます。笑
僕が慶應大学に行きたいと思った理由は、小学生の時に慶應大学野球部の野球教室に
行ったのがきっかけでした。
そこで丁寧に野球を教え、気さくに接してくださった野球部の選手に憧れを抱き、慶應を
目指そうと考えました。
中学時代は世田谷西シニアで野球をやっていました。
野球部には世田谷西シニア出身の先輩が多くおり、神宮でご活躍されているので、それに
負けず僕も頑張りたいと思います。
高校ではチームも自分自身も悔しい思いをたくさんしました。
大学ではこの思いの全てをぶつけるつもりで全力で野球に取り組みます。
神宮に出て慶應大学を優勝に導き、日吉の町を盛り上げたいと思います!
応援よろしくお願いします!

(1年・外野手・谷口智哉/慶應義塾高校出身)
はじめまして。商学部1年吉澤恒輝です。
出身高校は慶應義塾高校、ポジションは外野です。
僕は自分の家について少し書きたいと思います。
僕の家は祖父、父、兄、いとこまで野球に携わっている野球一家です。
父は元プロ野球選手で阪急で活躍していたそうです。兄は現在、早稲田大学の3年生で野球を続けています。
二人は僕の自慢の家族であり目標でもあります。
母は僕が練習でどんなに遅く帰っても寝ずに待っていてくれて、いつでも温かいご飯を作ってくれる優しい人です。
祖母もいつも僕を励ましてくれて、我ながらいい家族だなと思っています。
今の僕の目標は兄と共に神宮の舞台に立つ所を家族に見せることです。それが一番の恩返しになると兄と約束しました。
困難な目標だと思います。それでも今まで支えてくれた家族への恩返しのため頑張ります。
応援よろしくお願いします。

(1年・外野手・吉澤恒輝/慶應義塾高校出身)
はじめまして。
商学部一年星﨑雄介です。
慶應義塾高校出身でポジションは外野手です。
僕は高校時代に何度も慶早戦を観に行かせて頂きました。
春季リーグ戦優勝や早稲田との優勝決定戦などを観てこの舞台に立ちたいと思い、入部を決意しました。
全力で努力し、今まで支えてもらった両親や親戚、お世話になった先輩方などすべての方々に神宮で活躍することで恩返ししたいです。
応援よろしくお願い致します。

(1年・外野手・星﨑雄介/慶應義塾高校出身)
はじめまして。
経済学部1年の濱田匠です。
ポジションは外野手です。
僕は栃木県の宇都宮北高校出身です。
(以下、宇北と略させて頂きます。)
宇北野球部は近年徐々に力をつけてきていて、僕達の代では初めて夏の大会ベスト4入りを果たすことができました。
僕達の代は大学で野球を続けている仲間が多く、今でも励まし合って頑張っています。
そんな僕は宇北史上初の慶大野球部の部員になることができました。
宇北の後輩逹もどんどん慶應に進学して「宇北から慶應へ」という伝統を築いてほしいと思っています。
まずは僕がそのパイオニアとして神宮で活躍する姿を見せられるように一生懸命努力していくので応援よろしくお願いします。

(1年・外野手・濱田匠/宇都宮北高校出身)